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東京地方裁判所 昭和61年(行ウ)121号 判決

原告 竹川隆

被告 社会保険庁長官

代理人 村上昇康 石井宏 新井克美 ほか五名

主文

1  被告が昭和六一年二月一日付けで原告に対してした厚生年金保険法による障害年金の受給権が昭和六一年一月三一日に消滅したとする処分の取消しを求める訴えを却下する。

2  原告のその余の請求を棄却する。

3  訴訟費用は、原告の負担とする。

事実

第一当事者の求める裁判

一  請求の趣旨

1  被告が昭和五八年五月二日付けで原告に対してした厚生年金保険法による障害年金の支給を同年二月から停止するとの処分を取り消す。

2  被告が昭和六一年二月一日付けで原告に対してした厚生年金保険法による障害年金の受給権が昭和六一年一月三一日に消滅したとする処分を取り消す。

3  訴訟費用は、被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

(請求の趣旨2についての本案前の答弁)

主文1と同旨

(本案の答弁)

1 原告の請求をいずれも棄却する。

2 訴訟費用は、原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求の原因

1  原告の障害年金の受給

厚生年金保険の被保険者であった原告は、昭和四一年七月一日、就労中に、崩れ落ちた段ボール板紙の下敷きとなって頸部・腰部挫傷の傷害を負い、関東労災病院に入院して医師の診療を受け、その後、昭和四五年五月二六日に被告から、右の負傷により昭和五七年法律第六六号による改正前の厚生年金保険法別表第一の三級一二号に該当する廃疾(右改正によって、障害年金の支給要件等に係る「廃疾」という用語は「障害」と改められたが、これは用語の整理であって、内容の変更ではない。以下、「廃疾」の語を用うべき場合も「障害」の語を用いる。)の状態にあるとの認定に基づく裁定を受けて、昭和四四年六月以降、障害年金を受給していた。

2  本件停止処分及び不服申立て

(一) 被告は、昭和五八年五月二日付けで、原告に対し、同年一月において原告が厚生年金保険法(昭和六〇年法律第三四号による改正前のもの。以下、単に「法」という。)別表第一に定める程度の障害の状態に該当しなくなったとして、同年二月から原告に対する障害年金の支給を停止するとの処分(以下「本件停止処分」という。)をした。

(二) 原告は、本件停止処分に対し、昭和五八年五月二三日に神奈川県社会保険審査官に審査請求をしたが、同年一〇月七日付けで右審査請求を棄却する旨の決定を受けたので、さらに、同年一〇月一八日に社会保険審査会に再審査請求をしたところ、昭和六一年三月三一日付けで右再審査請求を棄却する旨の裁決を受けた。

3  本件消滅処分及び不服申立て

(一) 被告は、昭和六一年二月一日付けで、原告に対し、原告が昭和五八年一月三一日から法別表第一に定める程度の障害の状態に該当することなく三年を経過したとして、原告に係る障害年金の受給権は昭和六一年一月三一日に消滅したとする処分(以下「本件消滅処分」という。)をした。

(二) 原告は、本件消滅処分に対し、昭和六一年三月一〇日に神奈川県社会保険審査官に審査請求をしたが、同年六月一一日付けで右審査請求を棄却する旨の決定を受けたので、さらに、同年八月八日に社会保険審査会に再審査請求をしたが、本件消滅処分の取消しを求める昭和六二年(行ウ)第三〇号事件を提起した昭和六二年三月一二日までに、右再審査請求に対する裁決がなかった。

4  しかしながら、原告の障害の状態は、昭和五八年一月当時においても、昭和六一年一月当時においても、いずれも法別表第一の三級一二号に該当し、本件停止処分及び本件消滅処分は、ともに事実を誤認した違法があるので、右各処分の取消しを求める。

二  本件消滅処分の取消しを求める訴えに対する被告の本案前の主張

1  原告の主張する本件消滅処分とは、被告が原告に対して、原告に係る障害年金の受給権が法五三条によって昭和六一年一月三一日をもって消滅したことを単に通知したにすぎないものであり、これによって、原告の法律上の地位に影響を及ぼすものではないから、行政事件訴訟法三条二項所定の処分に当たらない。

すなわち、法は、障害年金の受給権者の障害の状態が軽減して障害年金を支給すべき程度の状態に該当しなくなったときでも、直ちにその受給権を消滅させることはせず、該当しない間その支給を停止し(五四条二項)、支給停止処分後、障害年金を支給すべき程度の状態に該当することなく三年が経過したときに、法律上当然にその受給権が消滅することとしている(五三条)。

しかるところ、原告は、請求の原因1のとおり、昭和四四年六月から障害年金を受給していたところ、昭和五八年一月において法別表第一の定める程度の障害の状態に該当しなくなったので、被告は原告に対して同年二月から傷害年金の支給を停止する本件停止処分を行ったが、その後、同年一月三一日から法別表第一に定める程度の障害の状態に該当することなく三年間を経過したため、昭和六一年一月三一日に原告に係る障害年金の受給権は法律上当然に消滅した。そこで、被告は、昭和六一年二月一日付けで原告に対しその旨を通知したのである。

したがって、右の通知は、単に、原告に係る障害年金の受給権が消滅したという事実を原告に告知したにすぎないもので、原告の法律上の地位に何らの影響をも及ぼすものではない。また、原告は、本件停止処分により、それまで有していた障害年金を受給することができる法律上の地位を失っており、右の通知によって原告の権利関係に何らの消長を来すものでもない。そうすると、右の通知(原告の主張する本件消滅処分)が行政事件訴訟法三条二項所定の処分に当たらないことは明らかである。

なお、法五四条二項により障害年金の支給を停止する処分のあった後に、被停止者が法別表第一に定める程度の障害の状態に該当することとなった場合には、被停止者は、障害年金の支給停止の解除を申請し(昭和六〇年厚生省令第三二号による改正前の厚生年金保険法施行規則(以下「法施行規則」という。)五〇条)、右申請に対する被告の処分に対して不服がある場合には、これを対象として抗告訴訟を提起することができるし、更には、障害年金の受給権が消滅した後にあっても、法別表第一に定める程度の障害の状態に該当することとなった場合には、新たな裁定を請求することができ、右請求に対する被告の処分に不服がある場合にも、これを対象とする抗告訴訟の提起が可能である。したがって、受給権の消滅を行政処分に係らせなくとも被停止者の救済に不都合はない。

2  原告は、本件停止処分の取消しを求める訴訟を提起しているのであるから、右訴訟において勝訴すれば、本件停止処分が取り消されることとなる結果、障害年金の受給権を回復するので、本件消滅処分の取消しを求める訴えを提起し、維持する実益を有しないこととなる。また、本件停止処分の取消しを求める訴訟において敗訴すれば、原告の障害年金受給権は、確定的に消滅していることになる。したがって、いずれにしても、原告は、本件停止処分の取消しを求める訴訟以外に、本件消滅処分の取消しを求める訴えを提起する利益を有していない。

3  よって、原告の本件消滅処分の取消しを求める訴えは不適法である。

三  被告の本案前の主張に対する原告の反論

1  被告は、原告が本件停止処分によって障害年金を受給することができる法律上の地位を失っており、本件消滅処分によって原告の権利関係に何らかの消長を来すものでもないから、本件消滅処分が行政事件訴訟法三条二項所定の処分に当たらないと主張する。

しかしながら、法五四条二項に基づく支給停止と法五三条に定める失権とでは、現実に障害年金が支給されていないという点では、法的地位は同じであるが、支給停止の状態であれば、法施行規則五〇条に基づく支給停止の解除によって改めて障害年金の支給を受けることができるのに対して、失権の状態になれば、支給を求める手続を定めた規定が存在しないから、確定的に障害年金を受けられないこととなり、この点において両者の法的地位は異なるのである。したがって、本件消滅処分によって原告の権利関係に何らの消長を来すものではないという被告の主張は失当である。

2  さらに、被告は、原告が本件停止処分の取消しを求める訴訟において勝訴すれば、障害年金の受給権を回復することになるし、また、本件停止処分の取消しを求める訴訟において敗訴すれば、原告の障害年金受給権は確定的に消滅していることになるとして、いずれにせよ、原告は、本件停止処分の取消しを求める訴訟以外に、本件消滅処分の取消しを求める訴えを提起する利益を有しない旨主張する。

しかしながら、本件消滅処分は、本件停止処分後、法別表第一に定める程度の障害の状態に該当することなく三年を経過することが要件となっているのであるから、仮に本件停止処分時に右の程度の障害の状態に該当していなかったとして本件停止処分が取り消されなかったとしても、本件停止処分後、本件消滅処分時までの間に右の程度の障害の状態に該当するようになったとすれば、本件消滅処分は違法として取り消されるのであり、本件消滅処分の取消しの訴えに、その利益が存することは明らかである。

四  請求の原因に対する認否

1  請求の原因1、2は認める。

2  同3の(一)のうち、被告が昭和六一年二月一日付けで、原告に対し、原告が昭和五八年一月三一日から法別表第一に定める程度の障害の状態に該当することなく三年を経過したので原告に係る障害年金の受給権は消滅したとする通知をしたことは認めるが、右の通知が行政事件訴訟法三条二項所定の処分であることは争う。同(二)は認める。

3  同4は争う。

五  抗弁

1  法(昭和五七年法律第六六号による改正前の厚生年金保険法を含む。)別表第一の三級の障害とは、傷病が治癒したものにあっては、労働が著しい制限を受けるか、又は労働に著しい制限を加える必要のあるもの、また、傷病が治癒しないものにあっては、労働が制限を受けるか、又は労働に制限を加えることを必要とする程度の障害をいい、このうち、三級一二号に該当する障害とは、傷病が治癒してはいるものの、なお労働が著しい制限を受けるか、又は労働に著しい制限を加える必要がある程度の障害にあり、かつ、その障害が同表の三級一号ないし一一号のいずれにも該当しないものをいう。すなわち、障害の状態が同表の三級一号ないし一一号のいずれにも該当しない場合に初めて三級一二号の適用の有無が問題とされることになるが、この場合の認定判断は、例えば、脊柱の障害に関していえば、同表の三級四号(脊柱の機能に著しい障害を残すもの)の要件の認定とは異なって、専ら運動可能領域の観点から判断しなければならないものではなく、筋力、運動の功緻性、速度、耐久性及び日常動作の各状態等についても総合的に考慮して、判断することになる。

しかるところ、原告に対する障害年金の支給の裁定に際しては、裁定請求書に添付された診断書の傷病名は頸部・腰部挫傷による脊柱の障害とされていたが、右の脊柱の障害の状態は昭和五七年法律第六六号による改正前の厚生年金保険法別表第一の三級四号に該当する程度ではなかった。しかし、被告は、右の傷病名に鑑み、単に脊柱の運動障害のみではなく、これに随伴する神経系統の障害をも含めて総合的に判断した結果、障害認定日(昭和四四年五月二二日)における原告の障害の状態を同表の三級に該当するものと認定し、かつ、右のように同表の三級四号に該当したからではなく、総合判断の結果に基づく認定であるから、同表の三級一二号に該当するとしたものである。

2(一)  ところで、法五四条二項により、障害年金の受給権者の障害の状態が軽減して、法別表第一に定める程度の障害の状態に該当しなくなったときは、該当しない間、その支給を停止することとされているため、障害年金の受給権者は、毎年指定日までに現況届を被告に提出しなければならず、現況届には、障害の現状に関する医師又は歯科医師の診断書を添付しなければならないこととされている(法施行規則五一条一項、二項。ただし、原告の症状は有期固定の障害であったため、三年に一回診断書の提出が求められていた。)。そして、障害の状態の認定審査は、被告所部の医療専門官等により、右現況届及び医師の診断書に基づいて(これのみでは認定が困難な場合においては、必要に応じ、療養の経過若しくは日常生活状況等の調査又は検診等を実施した上で)、行うこととされているが、その統一的運用を図るために、右の認定審査は、障害年金、障害手当金等の支給の対象となる障害の程度等の基準を定めた厚生年金保険障害認定要領(昭和五二年七月一五日庁保発二〇号社会保険庁年金保険部長から都道府県知事あて通知。以下「認定要領」という。)に基づいて行われている。

(二)  原告から昭和五七年に被告宛に提出された現況届に添付された木下誠医師(以下「木下医師」という。)作成の同年七月三一日付け診断書(<証拠略>)には、傷病名として「頸部挫傷後遺症」との、現在までの治療の内容、期間、経過、その他参考となる事項として「肩こり、頭痛、時々めまい、両手指先のしびれ感等の症状好転、増悪を見、経過一進一退でほぼ症状の固定化を見る、引き続き加療を要す」との記載があるのみで、詳しい症状の記載がなかったため、被告は、原告を通じ同医師に症状の照会を行って、同医師作成の同年九月二四日付け回答書(<証拠略>)の提出を受けたところ、右の回答書には、原告の症状として、〈1〉脊柱の運動範囲については、頸部及び胸腰部の前屈(屈曲)及び後屈(伸展)はいずれも正常である。〈2〉随伴する脊髄・根症状などの臨床症状については、頭重感、時々めまい感、両側拇指根部及び足背部のしびれ感の持続がある、〈3〉運動麻痺については、手背部、拇指根部に知覚鈍麻がある、〈4〉反射については、左右上下肢ともほぼ正常であり、左右バビンスキー反射にも異常は認められない、〈5〉排尿排便の障害はなく、褥創又はその瘢痕はない、〈6〉肩、肘、手、股、足の各関節運動筋力及び運動範囲については、正常又はほぼ正常である、〈7〉日常動作の障害の程度は、座ること及び片足で立つことがいずれも時間的に短いものの、すべて可能である、〈8〉現症時の労働能力は軽労働が可能である、という記載があった。

また、原告の生活状況について調査を実施した相模原社会保険事務所年金専門官小倉英雄作成の日常生活状況調査書(<証拠略>)には、原告は、千代田紙工業株式会社東京工場(神奈川県大和市上草柳四六〇)に勤務し、職種は段ボール加工及び雑役、勤務時間は午前八時三〇分から午後五時まで(ただし、残業をすることもある。)、通勤時間は自転車で五分、勤務状況は休まない(ただし、夏及び冬に休むことがある。)、就労の身体に及ぼす影響は無理がきかない、昭和五七年五月分から七月分にかけて合計八四万五〇八一円の報酬を得ている、という旨の記載があった。

(三)  しかして、右によれば、原告には、肩こり、頭痛、めまい感、両手指先及び足背部のしびれ感があり、日常動作について、座ること、片足で立つことはできるが長続きしない等、原告の主訴による症状が残るのみであり、脊柱の運動範囲及び肘、手、股、足の各関節運動筋力等は、いずれも正常であって、労働能力も軽作業は可能な状態にあり、かつ、右症状はほぼ固定していることが認められるところ、これを認定要領に照らせば、脊柱の障害の基準として認定要領に定める症状には該当せず、また、脊柱の障害に随伴する神経系統の障害については、認定要領別表一の併合判定参考表一二号の一一(局部に頑固な神経症状を残すもの)には該当するものの、同号の症状は法の別表第一には該当しない。

したがって、昭和五八年一月において、原告が法別表第一の三級に定める程度の障害の状態に該当するものと認めることはできないのであり、法五四条二項に当たるから、被告のした本件停止処分は適法である。

3  本件停止処分後、原告の症状は何ら変化することなく三年を経過した。したがって、原告の主張する本件消滅処分が仮に行政事件訴訟法三条二項所定の処分に当たるとしても、右処分は適法である。

六  抗弁に対する認否及び原告の主張

1  抗弁1のうち、障害認定日(昭和四四年五月二二日)における原告の障害の状態が昭和五七年法律第六六号による改正前の厚生年金保険法別表第一の三級一二号に該当するものとされたことは認める。

2(一)  同2の(一)は認める。

(二)  同(二)のうち、原告から昭和五七年に提出された現況届に添付された木下医師作成の同年七月三一日付け診断書には主張の記載しかなかったこと、被告は、原告を通じ同医師に症状の照会を行って、同医師作成の同年九月二四日付け回答書の提出を受けたこと、右回答書に主張の記載があったことは認め、その余は否認する。

(三)  同(三)は争う。

3  同3は争う。

4(一)  被告が本件停止処分の際に判断資料とした木下医師作成の昭和五七年七月三一日付け診断書及び同年九月二四日付け回答書は、木下医師において、右診断書等が何の目的で使用され、その作成の要点がいずれにあるかを十分理解しないまま、必要な諸検査をすることなく作成した杜撰なものであって、原告の障害の状態を判断する資料としては、信用性に欠けるものである。

(二)  他方、原告は、労働者災害補償保険の障害補償年金の受給者であり、同年金の受給者として、所轄労働基準監督署長に毎年提出する必要がある障害の状態に関する診断書(以下「労災診断書」という。)の作成を依頼するため、昭和四三年から平成二年までの間、ほぼ毎年、関東労災病院において診察を受けていたところ、原告を診察して労災診断書を作成した医師は、いずれも整形外科を専門とし、かつ、原告が昭和四一年の受傷後に同病院に入院して加療を受けたいきさつがあるため、原告の受傷経緯、療養経緯、障害状態の推移などを知り得る立場にあるから、原告に係る労災診断書は、必要な検査等を尽くした上で作成された信用性の高いものといえる。

しかるところ、昭和四六年から平成元年までの間に作成された原告に係る労災診断書(<証拠略>)によると、原告の障害の状態は、昭和四七年から昭和五九年までの間は、症状固定時(昭和四三年一一月三〇日)と同じ又はほぼ同じとされており、また、昭和六〇年から昭和六二年までの間についても「四肢腱反射正常」との診断がある程度で、従前と大差はない。このように、原告の障害の状態は、一進一退状況で、概ね同程度の障害が継続している。

(三)  さらに、昭和六一年六月二〇日付けの三浦良彦医師(以下「三浦医師」という。)作成の診断書(<証拠略>)によれば、その当時、原告は、脊柱の運動範囲、頸部、腰部不完全、平衡機能障害を伴い、麻痺、失調性、両手指振せん及び共同運動の軽度障害があり、つまむ、握るは繰り返しや持続させると極めて不完全な状態であって、この状態は法別表第一の三級に相当するものであり、関東労災病院医師の作成した労災診断書の記載とも符合するものである。

(四)  したがって、木下医師の診断書を根拠とする本件停止処分及び本件消滅処分は、原告の障害の状態を誤認してされたものである。

第三証拠関係 <略>

理由

第一本件消滅処分の取消しを求める訴えの適否について

本件消滅処分の取消しを求める訴えは、被告が、昭和六一年二月一日付けで原告に対し、原告が昭和五八年一月三一日から法別表第一に定める程度の障害の状態に該当することなく三年を経過したことを理由に原告に係る障害年金の受給権が消滅したとする処分(本件消滅処分)をしたものとして、右処分の取消しを求めるものであるところ、被告が昭和六一年二月一日付けで原告に対し、右内容の通知をしたことは、被告の自認するところである。

そこで、右の通知が行政事件訴訟法三条二項所定の処分に該当するか否かについて検討する。

法は、障害年金の受給権者の障害の状態が軽減して、法別表第一に定める程度の障害の状態に該当しなくなったときでも、直ちにその受給権を消滅させることなく、右障害の状態に該当しない間その支給を停止する(五四条二項)とともに、右障害の状態に該当しなくなった日から起算して、右障害の状態に該当することなく三年を経過したときは、受給権が消滅する旨規定している(五三条)。しかして、社会保険の受給権につき、行政庁の処分により発生又は消滅の効果を生ずることとするか、それとも、一定の実体要件の充足により法律上当然に発生又は消滅の効果が生ずるものとするかは、基本的には立法政策の問題であり、立法者において右のいずれの方途によるかを選択し得るものと解されるところ、法五三条が、法別表第一に定める程度の障害の状態に該当しなくなったことを理由とする障害年金の受給権の消滅を、受給権者の死亡による受給権の消滅と一括して規定していることや、同条が、「障害年金の受給権は、・・・消滅する。」との文言を用いていることなどに照らすと、同条は、右の受給権の消滅の効果を、行政庁の処分に係らしめることなく、専ら実体要件の充足によって法律上当然に生ずるものとしていると解されるのである。

そうすると、被告が昭和六一年二月一日付けで原告に対してした通知は、単に、受給権が消滅したとの被告の認識を原告に告知したにすぎないものであって、これによって原告の障害年金の受給権の消滅の効果を発生させる行政庁の処分ではないから、本件消滅処分の取消しを求める訴えは、行政事件訴訟法三条二項所定の処分に当たらないものの取消しを求めるものであり、不適法であるといわなければならない(なお、原告において、その障害の状態が昭和五八年一月当時もなお法別表第一に定める程度の障害の状態に該当していたとして、そもそも支給停止の要件を欠き受給権が消滅する余地がないというのであれば、本件のように本件停止処分の取消しを求める訴えを提起することができるし、また、右時点の後三年を経過する前に法別表第一に定める程度の障害の状態に該当するようになったとして、受給権消滅の要件を欠くというのであれば、法施行規則五〇条に基づく支給停止事由の消滅の届出を通じて支給停止の解除を被告に申請して右の該当するようになったとする時点以後本件停止処分を撤回するよう求め、その申請が拒否されたときは、その拒否を処分としてその取消しを求める訴えを提起することができるから、本件消滅処分を行政事件訴訟法三条二項所定の処分に該当しないと解しても、原告には争訟の方法が確保されているのである。)。

第二本件停止処分の取消しを求める請求の当否について

一  請求の原因1及び2の各事実は当事者間に争いがない。

二  抗弁1のうち、障害認定日(昭和四四年五月二二日)における原告の障害の状態が昭和五七年法律第六六号による改正前の厚生年金保険法別表第一の三級一二号に該当するものとされたことは当事者間に争いがなく、抗弁1その余の事実は、原告において明らかに争わないものと認め、これを自白したものとみなす。

三  そこで、昭和五八年一月において、原告が法別表第一に定める程度の障害の状態に該当しなくなったとしてされた本件停止処分の適否について検討する。

1  抗弁2の(一)の事実は当事者間に争いがない。

2  原告から昭和五七年に提出された現況届に添付された木下医師作成の同年七月三一日付け診断書には、抗弁2の(二)のとおりの記載しかなかったこと、被告が原告を通じて同医師に症状の照会を行い、同医師作成の同年九月二四日付け回答書の提出を受けたこと、右回答書には、抗弁2の(二)のとおりの記載があったことは当事者間に争いがなく、<証拠略>を総合すると、

(一) 現況届に添付する診断書は社会保険庁の定める様式のものが使用されているところ、原告から昭和五七年に提出された現況届添付の木下医師作成に係る同年七月三一日付け診断書は、傷病名として頸部挫傷後遺症、現在までの治療の内容、期間、経過、その他参考となる事項として、「肩こり、頭痛、時々めまい、両手指先のしびれ感等の症状好転、増悪を見、経過一進一退でほぼ症状の固定化を見る、引き続き加療を要す」との記載があるのみで、脊柱の運動範囲、コルセットの装着状況、麻痺の外観、起因部位、種類及びその程度、反射等、具体的な原告の現症については、右診断書に記載欄があるにもかかわらず、全くその記載がなく、原告の障害の状態の認定審査をする上で不備なものであったため、被告は、原告を通じて木下医師に、右診断書に記載のない原告の現症についての照会を行い、木下医師作成の同年九月二四日付け回答書の提出を受けるとともに、相模原社会保険事務所年金専門官小倉英雄により、原告の母と面接し、また、原告から電話で事情を聴取するなどして、原告についての日常生活状況の調査を実施した。

(二) 木下医師作成の右回答書には、〈1〉脊柱の運動範囲については、頸部及び胸腰部の各前屈(屈曲)及び後屈(伸展)ともいずれも正常である旨が、〈2〉コルセットの装着状況については、使用していない旨が、〈3〉随伴する脊髄・根症状などの臨床症状については、頭重感、時々めまい感があり、両側拇指根部及び足背部のしびれ感が持続する旨が、〈4〉運動麻痺については、手背部、拇指根部に知覚鈍麻がある旨が、〈5〉反射については、左右いずれの上下肢ともほぼ正常であり、左右バビンスキー反射はプラスマイナスである旨が、〈6〉排尿排便の障害並びに褥創又はその瘢痕はいずれもない旨が、〈7〉関節運動筋力及び運動範囲については、肩関節の前挙、後挙、内転、外転がそれぞれ「ほぼ正常」とされているほかは、肘関節、手関節、股関節、膝関節及び足関節とも、いずれも正常である旨が、〈8〉日常動作の障害の程度については、座ること及び片足で立つことがいずれも時間的に短く、また、タオルを絞ることが少し弱いものの、つまむ、握る、ひもを結ぶ等のその他の日常動作はすべて可能である旨が、〈9〉現症時の労働能力については、軽労働と、それぞれ記載されていた。

(三) 小倉英雄作成の調査日を昭和五七年一一月二九日とする日常生活状況調査書には、〈1〉就労状況の欄に、勤務先として、大和市上草柳四六〇千代田紙工業株式会社東京工場と、就業(復職)年月日として、昭和四三年と、職種として、段ボール加工及び雑役と、勤務時間として、午前八時三〇分から午後五時まで(残業をすることもあり)と、通勤時間として、自転車で五分と、勤務状況として、休まない(夏・冬休むことがある)と、就労の身体に及ぼす影響として、無理がきかないという旨が、〈2〉療養状況の欄に、受診施設として、座間市ひばりが丘三―七〇一―九木下医院と、受診状況として、一〇日に一度(注射、投薬)と、療養の種類として、マッサージ、バイブレーター毎日(自宅にて)と、他に、業務災害につき関東労災病院(川崎市)で毎年一回定期検査実施という旨が、〈3〉身体状況の欄に、肩こり、頭痛、手のしびれあり、疲れ易いという旨が、〈4〉その他の欄に、昭和五七年度算定基礎届として、五月分は算定基礎日数三一日、報酬月額二八万五九五八円、六月分は算定基礎日数三〇日、報酬月額二五万九七六九円、七月分は算定基礎日数三一日、報酬月額二九万九三五四円、なお標準報酬月額は二八万円である旨が、〈5〉調査者意見の欄に、最近一年間は特に変わった点はないという旨が、それぞれ記載されていた。

(四) そして、被告の委嘱により医療専門官と並んで障害の状態の認定審査に当たる認定医員は、木下医師作成の昭和五七年七月三一日付け診断書及び同年九月二四日付け回答書並びに小倉英雄作成の日常生活状況調査書に基づき、昭和五八年一月の原告の障害の状態について、脊柱の障害に関しては、認定要領が脊柱の障害の基準として定める症状のいずれにも該当せず、また、脊柱の障害に随伴する神経系統の障害に関しては、認定要領別表一の併合判定参考表一二号の一一(局部に頑固な神経症状を残すもの)に該当する程度であって、これのみでは法別表第一に所定の障害の状態のいずれにも当たらないと判断し、被告は、認定医員の右判断に基づいて、本件停止処分をした。

以上の事実を認めることができる。

3(一)  ところで、被告が障害年金の受給権者の障害の状態の認定審査を認定要領に基づいて行っていることは右1のとおりであるところ、複数の医療専門官又は認定医員が多数の受給権者の障害の状態の認定審査に当たることから、かかる認定審査に関する事務を統一的に行って、その公平を期するとともに、事務の効率化を図る必要のあること等に鑑み、また、<証拠略>によれば、認定要領が障害の状態の種類ごとに定める具体的な認定の基準ないし要領が、少なくとも脊柱の障害及び神経系統の障害に関しては、法別表第一及び第二に所定の障害の程度及び状態に係るものとして適正であると認められることに照らして、右の取扱いは、原告の障害の状態の認定に関し、合理性を有するものと認められる。

(二)  しかして、<証拠略>によれば、認定要領は、脊柱の障害について、法別表第一の三級(脊柱の機能に著しい障害を残すもの)に該当する症状として、〈1〉脊柱の運動範囲が正常可動域の二分の一以下に制限されている程度のもの、〈2〉コルセットは常時必要としないが、必要に応じて装着しなければ労働に従事することが不能な程度のものを掲げていることが、また、神経系統の障害について、法別表第一の三級(身体の機能又は神経系統に、労働が著しい制限を受けるか、又は労働に著しい制限を加えることを必要とする程度の障害を残すもの)に該当する症状の例示として、脳、脊髄、神経叢又は末梢神経の器質障害のため、〈1〉一上肢又は一下肢の三大関節のうち、二関節の用を廃したもの、〈2〉一上肢又は一下肢に著しい機能障害を残すもの、〈3〉体幹に著しい機能障害を残すもの、〈4〉両上肢又は両下肢に機能障害を残すもの、〈5〉一上肢又は一下肢に機能障害を残すものを掲げていることを認めることができる。しかるところ、前記認定に係る木下医師作成の昭和五七年七月三一日付け診断書及び同年九月二四日付け回答書並びに小倉英雄作成の日常生活状況調査書の各記載によれば、原告の脊柱の運動範囲は正常であり、かつ、コルセットは使用していないのであるから、その脊柱の障害の状態は、右の認定要領の脊柱の障害に係る法別表第一の三級の症状に該当しないし、また、脊柱の障害に伴う神経系統の障害に関しても、多少の神経症状がなお残るものの、その程度は、法別表第一の三級の症状として認定要領に例示された症状に該当しないことはもとより、これと同程度であって、労働が著しい制限を受けるか、又は労働に著しい制限を加えることを必要とする程度の障害を残すとされるような症状にも至っていないことが明らかである。

(三)  また、<証拠略>によれば、認定要領は、障害年金の受給権者に認定の対象となる二つ以上の障害がある場合等については、認定要領別表一の併合判定参考表の「障害の状態」に該当する各号に基づいて、これを併合して認定要領別表二の併合(加重)認定表により認定するものとしており、これによれば、原告の脊柱の障害及びこれに伴う神経系統の障害がそれぞれ単独では法別表第一の三級に該当しなくとも、併合された結果、これに該当することとなる場合があって、かつ、この場合には同表の三級一二号に該当するものとされることが認められる。しかしながら、前記認定に係る原告の脊柱の障害の状態は、認定要領別表一の併合判定参考表の「障害の状態」に掲げられている脊柱の障害に関する症状のいずれにも該当しないから、他の障害と併合して加重されるべき程度の障害には当たらないのであって、脊柱の障害と神経系統の障害とを併合して法別表第一の三級に該当するということもできない。

(四)  そうすると、木下医師作成の昭和五七年七月三一日付け診断書及び同年九月二四日付け回答書並びに小倉英雄作成の日常生活状況調査書の各記載に基づいてした、昭和五八年一月において、原告が法別表第一に定める程度の障害の状態に該当しなくなったとの被告の認定判断は正当であるといわなければならない。

4(一)  原告は、木下医師作成の昭和五七年七月三一日付け診断書及び昭和五七年九月二四日付け回答書は木下医師がその使用目的や作成の要点を十分理解しないまま、必要な諸検査をすることなく作成した杜撰なものであって、信用性に欠けるものであると主張する。

しかして、木下医師の作成に係る昭和五七年七月三一日付け診断書には、原告の現症に関する具体的な記載がなく、原告の障害の状態の認定審査をする上で不備であったことは右2の(一)のとおりであるし、また、<証拠略>によれば、被告がした照会に対する木下医師の昭和五七年九月二四日付け回答書には、被告が原告の障害の状態の認定審査をする上で必要な原告の現症についての記載はあるが、右の現症の記載をするに当たって必要な個々の検査の結果までは記載されていなかったことを認めることができる。しかしながら、他方、右各証拠によれば、右回答者に原告の現症に関する記載がされたことによって右診断書の不備は補われたことのほか、被告から原告を通じ木下医師に送付された右回答書の様式は現症の記載欄を中心としていて、個々の検査結果を記載する欄はほとんど設けられていないし、また、被告から木下医師に対し、個々の検査項目の記載についてまで指示はされていなかったことが認められ、右事実及び木下医師が資格を有する医師として公務所に提出する診断書類似の右回答書に何らの根拠もなく原告の現症に関する記載をしたとは考え難いことに照らすと、右診断書や右回答書に個々の検査の結果が記載されていなかったからといって、直ちに、木下医師においてその使用目的や作成の要点を十分理解しないまま、必要な諸検査をすることなくこれを作成したものであると認めることはできない。

なお、原告本人尋問の結果中には、木下医師が原告に対する検査をほとんどしなかった旨を述べる部分もあるが、右供述には多分に曖昧な点が存し、不確かな記憶に基づいてされたことが認められるから、右供述部分をにわかに措信することはできない。

(二)  原告が昭和四一年七月一日に頸部・腰部挫傷の傷害を負った後、関東労災病院に入院して医師の診療を受けたことは右一のとおりであり、右事実と<証拠略>によれば、原告は、受傷の後、他の病院を経て、昭和四一年一〇月一日から関東労災病院に通院を始め、昭和四二年五月一日から同年七月一一日まで入院し、退院後も通院を続けていたこと、原告は、昭和四三年一一月三〇日を症状固定日として、労働者災害補償保険法による障害補償年金を受給しているが、同年金の受給者として所轄労働基準監督署長宛提出する必要のある労災診断書の作成のため、昭和四六年から平成元年までの間、ほぼ毎年関東労災病院整形外科で診察を受け、その都度、労災診断書の作成を受けていたことが認められるところ、原告は、原告を診察して労災診断書を作成した関東労災病院医師は、いずれも整形外科を専門とし、かつ、右のように原告が同病院で入院加療を受けたいきさつがあるため、原告に係る労災診断書は、必要な検査等を尽くした上で作成された信用性の高いものであるとし、かつ、労災診断書によれば、原告の障害の状態は症状固定時と同じ又はほぼ同じで、一進一退状況を続けていると主張する。

しかしながら、<証拠略>によれば、関東労災病院医師の作成した原告に係る各労災診断書の記載及び同病院の原告に係る診療録の記載のうち各労災診断書の作成日付と同日付けの部分は、概して、非常に簡略であって、原告に係る現症の記載すらないことが多いこと、特に、本件停止処分時に近接した昭和五七年二月一六日付け及び昭和五八年四月一九日付けの各労災診断書にはいずれも「前回に同じ」との記載しかなく、また、右診療録の記載についても、昭和五七年二月一六日付けの部分は医師名の記載、昭和五八年四月一九日付けの部分は医師名のほかに「両手指先がしびれる、力は入らない」という記載しかないこと、昭和五七年二月一六日付け及び昭和五八年四月一九日付け各労災診断書の「前回に同じ」との記載の「前回」が、具体的にいつ作成された労災診断書の記載を示すものであるかは必ずしも判然としないが、いずれにしても、昭和四七年二月二日付けのものにまで遡らなければ、原告に関する具体的かつある程度詳細な現症の記載のある労災診断書は存在しないことが認められる。そうだとすると、原告が同病院に入院して加療を受けた経緯があり、原告を診察して各労災診断書を作成した同病院の医師が整形外科の専門医であるとしても、昭和五八年一月現在の原告の障害の状態の認定に関し、右のような労災診断書の記載が、木下医師作成の前記昭和五七年七月三一日付け診断書及び昭和五七年九月二四日付け回答書の記載以上に信用性が高いものであるとは認め難く、したがって、原告の右主張は、その前提を欠くものであって、失当であるといわざるを得ない。

(三)  また、原告は、昭和六一年六月二〇日付けの三浦医師作成の診断書によれば、その当時の原告の障害の状態は法別表第一の三級に相当するものであり、関東労災病院医師の作成した各労災診断書の記載とも符合するものである旨主張するところ、証人今井銀四郎の証言によれば、三浦医師作成の診断書の記載からすると、原告の障害の状態は法別表第一の三級に該当するものであることが認められるが、他方、右証言によれば、昭和五八年一月から昭和六一年六月までの三年余の期間中、原告の障害の状態が変わらなかったとは必ずしもいえないことも認められるのであるから、右三浦医師作成の診断書の記載を根拠として、少なくとも昭和五八年一月当時の原告の障害の程度については、前記各労災診断書の記載に、木下医師作成の前記昭和五七年七月三一日付け診断書及び同年九月二四日付け回答書の記載以上の信用性を認めることはできず、したがって、右三浦医師作成の診断書をもってしても、右木下医師作成の診断書、回答書等に基づく原告の障害の状態に関する前記の認定を覆すことはできないといわなければならない。

5  以上によれば、昭和五八年一月において、原告が法別表第一に定める程度の障害の状態に該当しなくなったとしてされた本件停止処分に、原告の障害の状態についての誤認はないから、本件停止処分は適法である。

第三よって、本件消滅処分の取消しを求める訴えは不適法であるからこれを却下し、本件停止処分の取消しを求める請求は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき、行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 鈴木康之 石原直樹 深山卓也)

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